与作と釣り In 北海道: 2007年10月
長万部沖、豊浦沖から釣り竿片手に山頂に佇むバブルの遺産、ウィンザーホテル洞爺がよく見える。
地元の方たちは、
何故、あんな北海道をぶっ壊した象徴でしかない所でサミットを開催するのだろうとか、無能な旧北海道拓殖銀行役員が湯水の如く融資し、他の一般会社がどれだけ迷惑を蒙ったか、等々評価はすこぶる悪い。
現ウィンザーホテル洞爺、旧エイペックスリゾート洞爺は怪しげな会社のカブトデコムが拓銀からの乱脈融資と言うより、貸借する両者共に常軌を逸した、返済能力のないのにも関わらず滅茶苦茶な融資を続け、約700億円の巨費をつぎ込み、建てられたホテルだが元々誰が考えても採算は取れる筈も無く、わずか5年後の98年に倒産する。
このカブトデコムの社長である佐藤 茂は高校卒業後、地崎工業に入社、24歳の時に社員5人とスコップ6個で独立、兜建設を設立、その後、カブトデコムに社名を変更したと記録にある。
宿泊客は主に拓銀の家族ご一行様が多かったと云われ、、やがて警備保障会社セコムに破格の60億円で売却される。
重量損失ウィンストンセーラム
セコムの顧問、飯田亮氏と小泉元首相のもたれ合いは永田町では有名な話と言われ、又、この飯田亮氏と安倍元首相の縁戚である牛尾治朗ウシオ電機会長との関連性も囁かれている。
旧態通り、政財界の癒着構造、もたれ合いが簡単に垣間見える。
従って、盛んに云われるサミットの警備のしやすさというのは後で付け足した尤もらしい、こじ付けの様に聞えなくもない。
2007年、文藝春秋11月号に、
立花 隆氏のヤメ検弁護士こと田中森一氏に対するインタビュー記事が掲載され、その中に裏から見た注目すべき旧拓銀の融資実態が暴かれている。
因みに、田中森一弁護士は元東京地検特捜部検事職の時、裏社会の大物の実態を記した著書「反転」を出版、今や公判中にも拘らず時の人となっている。
それによると、かの悪名で名をはせた中岡信栄の顧問弁護士も引き受けており、信憑性に若干の疑問もあるが、
エメラルドQLD AUの減量クリニック
「地元、関西の大手銀行にすら見向きもされない、闇の世界の中岡信栄は、何故か遠く離れた拓銀系の迂回融資ノンバンクである、エスコリースからどんどん金を引っ張って、なんと2500億円借りまくり、当然返済できず'拓銀をつぶした男'と言われているが、7年間に350億円の使途不明金が発覚した」。
その際、拓銀は破産管財人を入れようとしたが、田中森一弁護士が
「その金は配ってしまい、ありません」、の一言で押し通したらしい。
果たして、そんな事出来たのであろうか、疑問も残るが、
「若し、破産管財人が入っていたなら、政界、官界を巻き込んだリクルート以上の一大スキャンダルになっていただろう」と言っている。
「それで拓銀が全ておかっぶたんだ」と、断言している。
表面上、拓銀不正融資事件としてのみ扱われているが、裏で寄生し、雲霞の如く蠢いていた政財界、官僚の大罪は問われず、逃げ通した。
又、「中岡信栄はエスコリース、拓銀両幹部に金を配っていたから、皆何も言えなかったんだ」と非常に重要な発言をしている。
詰り、融資を受けた側からその一部の金が融資元銀行役員のふところに渡っていたという驚愕する事実だ。
低価格の抗疲労マット
まさしく映画の世界の様なお話だが、ここに出てくる旧拓銀幹部のsskとは、一審無罪、2審有罪の鈴木茂、佐藤安彦、海道弘司の3悪人を指している。
今、complianceが声高にさけばれる中、何故、拓銀内部で自浄作用が働かなかったのだろうか、不思議だが、旧拓銀マンは言葉少なに
「残念ながら経営トップに人を得なかった」と述べている。
真相は金融政策を司る政界、旧大蔵官僚にある事は、誰にでも容易に分かる筈だ。
例えば、旧大蔵省の金融検査で、長年行われていた拓銀のハチャメチャな不正融資を見抜けなかった事など常識的に考えてもありえる筈もない。
そして検察はなぜ捜査しなかったのだろう。
国は拓銀を泳がし、そして潰しにかかったのではないだろうかと云う、大きな疑問が残る。
当時の橋本竜太郎元首相は
「これで、不安要因が整理できた」と語った事からしても、拓銀は見捨てられ、あて馬以下の存在であった事が容易に理解されるだろう。
闇に消えた巨額の融資された道民のお金の一部は政治家に渡ったとされるが解明されず幕引きとなる。
結局、一連の拓銀不正融資事件で最後に笑ったのは誰か?
時の政治家のトップか?
ジャーナリストの腕の見せ所だが真相解明には程遠い。
以上、
建設資金のあまりの不透明さ、
あまりに安すぎる売却金額、
サミット決定プロセスの疑問等々、
とんでもない問題だらけの延長線上にウィンザーホテル洞爺がある。
さて、宴の後は?
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