福岡緩和ケア研究会 > 定例会の記録 > がん性疾痛治療
講師:小早川 晶(木村外科病院ホスピス・ホスピス長)
1.癌の疼痛対策の世界的な推移
痛みについての調査は、1960年代、欧米先進国で本格的に始められました。当時の調査結果では、進行がん患者の場合、調査対象となった人のうち50~100%に強い痛みが認められ、そのうち30~15%の人が治療を受けていました。
1986年、WHO方式癌疼痛治療法が癌性疼痛救済プログラムの一環として作成されています。これは、世界各国の医療機関が癌の痛み、とくに進行癌の痛みに目を向け、どの施設においても実行可能な疼痛治療法を確立し、癌患者をその痛みから解放することを目的としたもので、それまでWHOが癌対策として推進してきた予防、早期発見、早期治療という3つの柱につづく、4つ目の柱「疼痛対策」として揚げられたものです。
現在、痛みをTotal pain(全人的な痛み)として広く捉えることは知られるようになってきております。その一つが「身体的な痛み」であり、ほかに「精神的な痛み」、「社会的な痛み」、最近、よく言われる「霊的な痛み」からなっているものです。「痛み」という患者の個人的、主観的な世界を捉える区分ですが、しかしまず、緩和ケアは「身体的な痛み」をとっていくことから始まると思います。
2.痛みの診断
ノースカロライナ州ムーアスヴィルや周りの減量プログラム
患者の訴える痛みをすべて許容する
痛みの診断はまず、その人の痛みを信じることから始めなければなりません。そうは言っても、正体のつかみにくい痛みですからなかなか難しい。つい過小評価しがちですけど、患者さんの訴える痛みを否定せず、共感的態度で話を聞くことが大事です。
その痛みの正体ですが、患者さんは癌からくる痛みと考えがちですが、例えば便秘や寝不足が原因となる痛みはあります。すべてが癌に起因しないということは念頭においておくことが大切です。
また、今ある癌がすべてではない、ということにも注意しなければなりません。先日、私もうっかりしていたのですが、外科病棟からみえた患者さんの病歴を見落としていたんですね。十数年前に別の癌にかかっておられたんですが、そのことをみんな知っているものとして話しておられた。こちらの方もとりたててお聞きすることはなかった。ですから、原病歴をよく調べるということが重要かと思います。よくわからないときは、前医の話をよく聞く、あるいは所見や検査データを丹念に読む。家族関係も含めて、すべてをおさらいすることが大事です。
そして、患者さんと家族には、たびたびの検査が必要ないことも伝えておいたほうがいい。末期癌だからこれ以上の検査は必要ないと医療者側が判断しても、患者さんや家族は検査をしないということで見放されたような気になることがあります。緩和ケア病棟に来られた方が、必ずしも緩和ケアについて全て認識されているわけではありませんから。
国際疼痛学会では、痛みを「不快な感覚的、感情的な症状」としています。
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痛みの診断
身体的な痛みの種類は、大きく三つに分けられます。
まず「癌自体が原因となる痛み」。これが全体の70~80%くらいにあたります。次に癌に関連した痛み、筋攣縮、便秘、蓐瘡などです。それから癌治療による痛み、手術後の傷跡や放射線治療による口内炎などが挙げられます。最後に、合併症による痛み(筋肉痛や骨関節炎による痛み)です。Dr.Twycrossによると、進行癌の患者さんは、これらの痛みのうち三つを常時抱えているとされています。
癌患者さんは次第に衰弱していくので、診断に必要な検査がいつも全てできるわけではありません。腫瘍の進展のパターンをよく知り、痛みの原因を推定していく能力が必要となります。先程述べたことと重なる部分もありますが、以下にWHOによる癌の痛みの診断の手順を挙げます。
1.痛みについての患者の話によく耳を傾け、痛みを過小評価しないこと。
患者の痛みを信じ、共感的態度で話をよく聞くこと。
2.患者の痛みの強さを測定して評価把握すること。痛みの程度をVAS(Visual analogue scale)や言葉による10段階評価法などを使用して判定する。安静時の痛み、夜間の睡眠状況や体動時の痛みによる活動制限の程度などを問診すること。高齢者の場合、医師や看護婦に対する遠慮から、痛みを我慢されることがありますから要注意です。
3.患者の心理状態を把握すること。
患者の不安な気持ちや、特にうつ状態の有無について問診しながら把握していく。うつ状態は癌患者の約25%に発生しているとされている。
4.痛みの経過を詳しく問診すること。
今までの鎮痛薬治療の経過を明らかにする。薬の名前と量。使用されていた期間。投与方法(時刻を決めた投与方法か、それとも頓用か。何時間毎に投与したか)鎮痛効果はどうだったか。副作用の有無などその患者の痛みに関する病歴を細かく見ていく。
5.理学的な診察を全身くまなく行うこと。
注意深い問診と身体所見を取ることにより、痛みの原因が判明することが多い。
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6.診断に必要な検査があればオーダーし、その検査結果を自分で判定すること。痛み治療と平行して癌病変に対する治療をしていく必要があれば、病変の局在を特定する意味からも検査が重要となる。その際、痛みの治療は検査を行っているときから開始し、痛みの原因が特定されるまでは鎮痛薬の投与はしないという態度はとるべきではない。
7.痛み治療の開始にあたっての評価測定時には、薬以外の治療法の適応も検討すること。薬が癌の痛みの主たる治療法ではあるが、痛みの性質によっては、他の治療法が適応になる。
8.治療を開始したら、鎮痛の程度を必ず判定すること。治療を開始したら早期に、くり返し痛みの程度を再評価して、現在の鎮痛治療の有効性を吟味し、必要があれば鎮痛方法を変更していく。
3.癌性疼痛治療ラダー
WHOが奨める基本的な鎮痛薬は、アスピリン、コデイン、モルヒネの3種類ですが、これらの薬に代わる薬剤もあります。コデインの代替薬にはブプレノルフィンがあります。症例によっては鎮痛補助薬が要になります。
基本的には「経口投与」(by mouth)を原則とし、できるだけ患者の社会活動を妨げるこおなく、有効な鎮痛を図っていくことを目的としています。また、「時刻を決めて規則的に」(on the clock))投与することが大事です。何故なら、鎮痛効果が消失する前に次回の鎮痛薬を投与することによって、患者を無用な痛みから救えるからです。次に「効力の順に段階的に薬を選ぶ」(by the ladder)ことが重要です。
図1「WHO3段階癌性疼痛治療ラダー」は、WHOによる鎮痛薬の使用方法を示したものです。「効力の順に段階的に薬を選」び、投与していく方法です。WHOでは、原則的に費用が安くて、世界中どこでも手に入り易い薬を1段階においています。表1にある鎮痛薬、非オピオイド系のアスピリン、インドメタシン、ボルタレンなどが揚げられます。そこから徐々に痛みが増すに従って、弱オピオイド系のコデイン、強オピオイド系のモルヒネと段階が上がっていくわけですが、国によってはモルヒネの使用が禁じられているところもあります。そのような場合は、レベタンや燐酸コデインを代用しています。
ここで重要になるのは、「足していく」という投与方法です。始めの段階の薬が効かなくなったからといって、例えばボルタレンなどの使用をやめて次の段階の薬に切り替えるのではなく、使用は続けながら「足していく」という方法です。
一般病棟から緩和ケア病棟に来られる患者に、前担当医から軽い薬では効かなくなったのでモルヒネに切り替えています、という添え書きが付くことがあります。ラダーというのは、梯の意味です。梯に上っていて下の段をはずされたら上にのぼることはできないわけですから、必ず切り替えるのではなく、段階をおって加えていくという方法をとっていただきたいと思います。
4.モルヒネの副作用対策
モルヒネの副作用
表2にあるのが、モルヒネの主な副作用です。モルヒネの副作用にはきっちりと対処していかなければなりません。
1の便秘はいちばん多い副作用ですが、先にお話しましたように、痛みの原因にもなりますから注意が必要です。プルゼニドは2~15錠となっています。2の嘔気・嘔吐もモルヒネの副作用として多い症状ですが、だいたい1週間くらいでおさまるようです。この表に揚げられているもののほかに、便が下まで降りていればレシカルボン剤も使用できます。
モルヒネが効かない場合
なかには、モルヒネが効かない症例があります。私の経験からいきますと、そのような場合は、レベタンもあまり効かないようです。
モルヒネが効きにくい痛みには、鎮痛補助薬が必要になります。もうすぐヂュロテップというパッチが発表になります。これは、世界60カ国以上で広く使用されています。日本ではモルヒネが使用できない場合に限っての認可のようです。これから在宅などでの使用が期待されます。
鎮痛補助薬として効果的なものとして私がよく使う薬に、メキシチール(メキシレチン)を挙げることができます。これは、使用し始めてから効果が出るまでの時間が短く、2~3日で好転します。
ほかにご高齢の患者さん、80歳くらいの方にはモルヒネを使う際、一回2mgくらいを1日4回、あるいは5回と分けて使います。また、モルヒネ水を処方することがあります。これは、とくに夏場ですと日もちがしませんから、少量を作って一回で使いきってしまうようにしています。
レスキュードーズ
レスキュードーズで重要なことは、レスキューの指示を忘れない、その後も継続するということだと思います。
ホスピス・緩和ケアの分野では、よくチームワークという言葉が出てきます。チームを構成しているドクター、ナース、MSWなどの職業による違い、特徴が先日読んだある本に書いてありました。看護婦さんの場合は、すぐに人のせいにする。医師の指示が悪かった、家族がいけない、患者さん自身に問題がある、とかですね。イラストがあるんですが、ヒステリックに叫んでいるんですね。医師の場合はどうかというと、"Going My Way"。独りよがりで、いきなり怒って周りに怒鳴りつける。「俺の言うことが聞けないのか」とかですね。いろんな医療者のパターンがあって、例えばMSW、彼らは社会のせいにするとありました。国家が悪い、地方自治体が悪いとか市長が悪いとかです。そして署名運動なんかするんです。私はなるほどと思ったんですが、結局大事なことは、人の話に耳を傾けるということではないでしょうか。
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